保険
①自賠責保険
⑴ 内容
自賠責保険とは、自動車、バイク(二輪自動車、原動機付自動車) を使用する場合に、自動車損害賠償保障法により、全ての運転者が加入を義務付けられている損害保険(強制保険) です。
人的損害にのみ適用されます。
- ・死亡事故/3000万円の限度
- ・傷害にとどまり後遺障害も残らない場合/120万円の限度
- ・傷害にとどまるが後遺障害が残る場合/14級の75万円から1級の4000万円まで
一定の金額が支払われます。
自賠責保険は、最低限の損害賠償金を被害者が受け取れるようにすることを目的とする保険です。
自賠責保険の保険金だけで現実の損害額を全て填補することは困難です。後述する任意保険で損害を補うことになります。
⑵ 保険金の請求手続き
自賠責保険の保険金は、加害者の損害賠償の支出を保障するものです。ですから、加害者から請求するのが原則です(加害者請求)。
しかし、本来、自賠責保険は被害者の保護のためにあるものです。したがって、被害者側からの請求も認められています(被害者請求)。
更に、被害者が事故によって困窮しないように配慮されています。示談が成立して保険金が出るまでの制度として仮渡金があります。
すなわち、運転者の損害賠償額が確定しない段階でも、賠償額の一部を仮渡金として保険会社に請求することができます。
もっとも、仮渡金は、保険金支払いの一部前渡に当たります。後日正式に支払われる保険金は、「保険金の決定額から、既に支払いを受けた仮渡金を控除した額」となります。
② 任意保険
任意保険は、自賠責保険とは違い、加入が強制されていません。
また、自賠責保険の補償対象が対人賠償のみであるのに対し、任意保険ではその契約内容により、対物賠償や人身傷害保障等、多様な補償を取り扱っています。
⑴ 対人賠償保険
ア 内容
対人賠償保険の保険金は、交通事故加害者の損害賠償の支出を保障するもので、自賠責保険を補完するものです。
交通事故の被害者に生じる損害額は、自賠責保険から出される保険金を上回ることがほとんどです。
自動車運転者は、自賠責保険のみだと、自賠責保険の保険金を超える部分の損害額を自身で負担しなくてはならなくなります。
そこで、自動車運転者の多くは、自賠責保険の保険金を超える部分の損害に対する保険金を出してくれる任意保険にも加入しています。
したがって、交通事故の被害者は、加害者が任意保険に加入している場合は、自賠責保険基準よりも多額の賠償額を受け取れることが多いです。
しかし、任意保険を提供しているのは、民間の損害保険会社です。
利潤追求のために、交通事故の被害者に対して払わなくてはならない保険金の額をなるべく低くしようとしてきます。保険会社によって多少違いますが、裁判で認められる損害額と比べると低額なことが多いです。
イ 保険金の請求手続き
本来、被保険者(加害者) が任意保険会社に対して行いますが、被害者保護の観点から、被害者が任意保険会社に対し保険金額の枠内で直接請求することも可能です(直接請求)。
任意保険による保険金の支払いは、自賠責保険分も一括して被害者に支払う一括払い制度があります。
一括払いとは、加害者の加入している任意保険会社が窓口となり、自賠責保険と対人賠償保険(任意保険) の保険金を被害者に対して一括で支払う制度です。一括払いの請求が行われると、支払窓口となった任意保険会社は被害者への自賠責保険金を立て替えて支払い、後に立て替えた保険金を自賠責保険会社から受け取る仕組みです。
当事者が任意保険と自賠責保険の両方の手続きをした場合、膨大な手間と時間がかかりますが、一括払いでは当事者の請求手続きの軽減と迅速な支払いを受けることができます。
医療機関が診療費を請求する場合も、こうした簡易な請求手続きで済むことから、一括払いに基づく請求が広く行われています。
また、傷害事故に関し治療費等の当面の既に発生している損害に関し、治療継続中や示談未成立のように全体としての保険金の支払が可能となる前であっても一定額の保険金の支払いを受けられる場合があります(内払制度)。ただし、内払制度は、あくまでも保険会社がサービスとして行っている制度なので、保険会社に対して内払いするように強制することはできません。内払制度が利用できない場合で被害者の生活が困窮しているような場合は、別途仮払い仮処分を検討する必要があるでしょう。
⑵ 対物賠償保険
ア 内容
自賠責保険は、物損に対しての補償は一切無いので、仮に任意保険が無いとしたら、加害者が損害全額を払わなくてはならず、被害者としても、加害者に資力が無い場合には、全額の賠償を受けることは現実には望めないこととなります。このような事態を避けるべく、多くの自動車運転者が対物賠償保険にも加入しています。
対物賠償保険では、交通事故被害者が受けた物損はもちろん、営業損失や休業損害も補償されます。たとえば、店舗に自動車が突っ込み、修理が終わるまで営業できない場合、事故が無ければ営業で得られたはずの収益を営業損失として保険金の支払いを請求することができます。また、タクシー運転手が加害車両に追突されて、タクシー車両の修理のため、休業を余儀なくされた場合、事故が無ければ得られたはずの収益を休業損害として保険金の支払いを請求することができます。
イ 保険金の請求手続き
対人賠償保険と同様に、被保険者(加害者) が任意保険会社に対して行いますが、被害者保護の観点から、被害者が任意保険会社に対し保険金額の枠内で直接請求することも可能です(直接請求)。
また、対人賠償保険と同様、内払制度はありますが、保険会社に対して内払いするように強制することはできません。
⑶ 人身傷害保険
ア 内容
人身傷害保険は、自動車保険の一種で、交通事故被害者側が契約している場合に意味のある保険です。被害者がこの保険に加入している場合、被害者自身の過失割合に関係なく、契約した限度額の範囲内で、治療費や休業損害、慰謝料、逸失利益などを受け取ることができます。しかも、治療費や休業損害などが発生する都度、受け取ることができます。被保険者の家族が被害を受けた場合にも保険金を受け取れることが可能です。もっとも、契約内容によっては、被害者が保険契約車両に搭乗中の事故のみが対象で、歩行中など保険契約車両搭乗中以外の事故は対象外となっていることもあるので、注意が必要です。
イ 保険金の請求手続き
人身傷害保険金の請求の方法は
①人傷先行、②自己過失払、③賠償先行 の3つがあります。
① 人傷先行
人傷先行では、被害者が、まず、自己過失分の損害と加害者過失分の損害についての保険金の支払いを被害者が契約している人身傷害保険会社から受けます。もっとも、人身傷害保険会社の提示する損害額は、裁判所基準での損害額より低額なため、裁判所基準の損害額と人身傷害保険会社から支払いを受けた保険金の差額の支払いを加害者(の対人賠償責任保険)
求めるという流れになります。
人身傷害保険会社から支払いを受ける保険金は、被害者が加害者に対して請求することのできない自己の過失分から填補されるので、加害者に損害の残額を請求すれば、全損害が填補できる可能性が高いのです。
しかし、人身傷害保険会社は加害者過失分について加害者に代わって被害者に払っているので、加害者過失分を加害者に求償したいところ、それだと、加害者過失分について被害者と人身傷害保険会社が二重に請求することになってしまいます。そこで、人身傷害保険会社は、被害者に対する人身傷害保険金の支払いの際、「契約者は加害者に残額の請求をしない」といった書面に署名するよう求めますが,
これに漫然と署名するのは厳禁です。
全損害の填補を受けたい場合は、時間はかかりますが人身傷害保険会社とも事前に調整をする必要があります。
② 自己過失払
自己過失払は、被害者が、自らの人身傷害保険会社に対して、自己過失分の損害だけを先行して人身傷害保険会社に請求し、後で加害者に対して加害者過失分の損害を請求する方法です。
この場合、人身傷害保険会社は、加害者過失分の損害を被害者に払っているわけではないので、加害者に対して求償することはできません。したがって、保険会社の求償請求に関する交渉が不要となり、早期解決が期待できます。
しかし、裁判所基準よりも低額な保険会社基準の損害金額を受け入れて自己の過失分を填補してもらっているので、その分、填補される額は減ってしまい、全損害の填補はできません。
③ 賠償先行
賠償先行は、訴訟で加害者から加害者過失分の損害賠償金の支払いを受け、その後に人身傷害保険会社から自己過失分の人身傷害保険金を受け取る方法です。
この場合、自己過失分の損害についての人身傷害保険金について、人身傷害保険会社によって、人身傷害保険基準によるか裁判所基準によるかが異なります。全損害の填補を受けることができるかどうかが人身傷害保険会社の約款の記載にかかっているので、まず加害者に対して損害金を支払ってもらおうとする場合には、この約款の確認が必須といえます。
この場合、人傷先行の場合とは異なり、加害者に対して必ず裁判をしなければなりませんが、人身傷害保険会社との調整が不要になります。
以上のとおり、どのような請求の仕方をしたほうが良いのかは、
ケースバイケースであり、判断に非常に迷うところでしょう。
そのような時は、一度私たち弁護士にご相談ください。
⑷ 無保険車傷害保険
ア 内容
加害車両の運転者が任意の対人賠償保険に加入していない場合や、対人賠償保険に加入しているが運転者年齢条件などの規定に沿っていないために保険金が支払われない場合には、被害者は、加害者の任意の対人賠償保険から保険金を受け取ることができず、自賠責保険から保険金を受け取ることができるにとどまります。
ひき逃げ事故の場合にいたっては、加害者が特定できないため、加害者が加入する任意の対人賠償保険から保険金を受け取ることができないのはもちろん、自賠責保険からも保険金を受け取ることができず、政府保証事業から到底十分とはいえない額の補填がなされるにすぎません。
このように無保険車と事故にあったときに、被害者に自分が契約している対人賠償保険と同じ額の範囲内で、加害者が負担するべき損害賠償の不足分を補償してもらえる任意保険が無保険車傷害保険です。
加害者が対人賠償保険に加入している場合でも、賠償されるべき損害額より低い額の保険金しか出ないときも、無保険車傷害保険から保険金が出ます。
イ 保険金の請求手続き
被害者は無保険車傷害保険金の請求に先立って、まずこの自賠責保険等によって損害の賠償を受けることになります。この自賠責保険等によって支払われる金額よりも損害の額の方が大きい場合に、その超過額についてのみ無保険車傷害保険によって保険金が支払われます。加害者が任意保険に入っている場合であれば、その任意保険によっても不足する部分の損害についてのみ、無保険車傷害保険によって保険金が支払われるのです。
加害車両に自賠責保険が付けられていなかったときは前記のとおり、政府に対し損害填補の請求をしなければなりませんが、その場合その手続に時間がかかるときは、無保険車傷害保険金請求権の時効(2年間) の完成を防ぐため、保険会社との間で時効中断の承認手続などをしておく必要があります。
⑸ 車両保険
ア 単独事故の場合
ガードレールや電柱に衝突して、自己の車両の修理が必要となったときのような単独事故の場合、加害者がいるわけではないので、対物賠償保険から修理費が出ることは想定できず、物損なので、人身傷害保険からも修理費用は出ません。このような場合、車両保険に加入していれば、修理費用が出ることとなります。
イ 相手がある事故の場合
相手がある事故の場合、相手の任意保険の対物賠償責任保険をまず使うことになります。自己の車両の修理代(損害額) が、相手の対物賠償保険金で全額まかなえる場合は、自己の車両保険を使う必要がありません。しかし相手の対物賠償保険金では修理費用が不足する場合には、不足部分を、自己の車両保険で支払うことになります。
ウ 車両保険を使う際の注意点
車両保険を使うと、3等級下がるので、翌年からの保険料がかなり上がってしまうことが多いです。
そして、元の等級に戻るのに3年かかってしまいます。
したがって、修理代が少額で済む場合は、車両保険を使わずに自分で修理代を払ったほうが、等級も維持されて保険料も変わらないので有利である場合もあるので、車両保険を使った場合に上がる保険料と修理代を比較して、車両保険の利用の有無を慎重に検討するべきでしょう。
③ 健康保険を使うべき場合
交通事故にあった際は、相手の任意保険会社に治療費を払ってもらうのが通常です。しかし、結論から言えば、
- ①被害者側にも過失が認められる場合で、
- ②治療費の総額の見込みが立ち、
- ③その治療費の負担に耐えるだけの資力が被害者にある場合
は、健康保険から使うのが良い場合があります。
具体例を用いて説明します。
過失割合が80 (加害者) 対20 (被害者) の事故で、
治療費が100万円、その他の損害が200万円、
損害額の合計が300万円のケースを想定します。
⑴ 健康保険を使わない場合
この場合、被害者は、加害者に対して、加害者の過失分、
すなわち300万円×80%=240万円の損害賠償を請求できます。
そのうち、治療費100万円については先行して保険会社が支払うので、被害者が、加害者保険会社から現に受け取ることができる金額は、140万円となります。
⑵ 健康保険を使う場合
健康保険を使った場合には、保険診療となります。
多くの場合、治療費が自由診療の半分で済むため、治療費が50万円となります。
そして、健康保険を使った場合の被害者の自己負担分は30%になります。
そのため、被害者の損害額は、
治療費が50万円×30%=15万円
その他の損害が200万円の合計215万円となります。
そうすると、加害者に対しては、
215万円×80%=172万円
を請求できます。
そうすると、被害者が現に病院に支払った15万円を差し引いても、被害者が、加害者保険会社か
ら現に受け取ることができる金額は、172万円-15万円=157万円となります。
⑶ 解説
本事例では、治療に自分の健康保険を使った場合のほうが、加害者の保険会社から現に受け取ることができる金額は、17万円大きくなります。
以上のように被害者にも過失がある場合は、自身の健康保険を使って治療費を支払った方が、最終的に手元に入る金額は大きくなります。
しかし、健康保険を使う場合は、治療費の自己負担部分を被害者自ら払わなくてはならないというデメリットがあります。
上記の例では、被害者自ら病院に治療費として15万円を支払わなくてはなりません。
被害者に資力が無い場合は、現実的ではないかもしれません。
また、ある程度資力があっても、交通事故の直後では、治癒するまでにどのくらいの治療期間がかかり、治療費が総額でいくらになるのか見通しがつかないことがあり、その場合は自身の健康保険を使い、自費で3割負担するのは不安が大きいかもしれません。
したがって、治療に健康保険の利用が適しているのは、
- ・被害者側にも過失が認められる場合で、
- ・治療費の総額の見込みが立ち
- ・その治療費の負担に耐えるだけの資力が被害者にある場合
ということになります。
④労災保険を使うべき場合
勤務中や通勤中の交通事故の場合は、勤務先の会社を通じて労災保険を申請して、労災保険から
治療費の支払いを受けることができます。
そして、労災保険は、健康保険と異なり、被害者が治療費を現に負担することはありません。
被害者側にも過失が認められる場合は、労災保険を使うべきです。
具体例を用いて説明します。
過失割合が80 (加害者) 対20 (被害者) の事故で、
治療費が100万円、その他の損害が200万円、
損害額の合計が300万円のケースを想定します。
⑴ 労災保険を使わない場合
この場合、被害者は、加害者に対して、加害者の過失分、すなわち300万円×80%=240万円の損害賠償を請求できます。
そのうち、治療費100万円については先行して保険会社が支払うので、被害者が、加害者保険会社から現に受け取ることができる金額は、140万円となります。
⑵ 労災保険を使う場合
労災保険を使った場合、治療費は多くの場合、6割の60万円で済むため、被害者の損害額は、治療費が100万円×60%=60万円、その他の損害が200万円の合計260万円となります。そうすると、加害者の保険会社に対しては、260万円×80%=208万円から労災保険が負担した60万円を差し引いた148万円を請求することができます。
⑶ 解説
労災保険を使った場合、使わない場合に比べて、8万円多く受け取ることができます。また、労災保険は、健康保険と異なり、被害者が治療費を負担することも無いので、過失相殺が問題となるときは、労災保険を使うほうが有利になります。
そこで、このような場合は、病院に対して、労災保険の先行願いをしましょう。